2026.08.14
サーマルグリル錯覚を測るモバイル機器の妥当性の検証~ニューロリハビリテーション研究センター
温かいモノと冷たいモノを同時に触ることで、灼熱痛に似た痛みや不快感を経験するサーマルグリル錯覚という現象が知られています。この錯覚は痛みの定量的な評価方法として注目されていますが、従来の計測装置は大型・高価であることが課題でした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 佐々木遼、大住倫弘教授を中心とする研究グループは、2つのグラフェンからなる携帯型のサーマルグリル錯覚機器では従来型の8プローブ型装置と中等度以上の一致を示すこと、複数回の計測値の平均によって高い信頼性が得られることを明らかにしました。この研究成果はEuropean Journal of Pain誌(Reliability and validity of a novel, portable thermal grill illusion apparatus using two graphene probes: An initial psychophysical validation study)に掲載されています。
研究概要
“サーマルグリル錯覚”とは、温かい刺激と冷たい刺激を同時に与えると、実際には存在しない灼熱痛を中心とした痛みや不快感が惹起される現象です。この錯覚は中枢神経系の感覚情報処理の過程で生じると説明されており、近年は痛みの評価ツールとしての活用も期待されています。しかし、これまで用いられてきた装置は、複数の温冷プローブを交互に並べる構造が主流であり、大型かつ高価であることから、臨床現場での普及の妨げとなっていました。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの佐々木遼、大住倫弘教授らの研究グループは、2つのグラフェンから構成される手のひらサイズの携帯型サーマルグリル錯覚機器を用い、従来用いられていた大型機器との比較から機器の信頼性並びに妥当性を検証しました。その結果、携帯型の2プローブ機器は従来型の8プローブ装置と比べて痛みや不快感は弱いものの、moderate〜excellentの一致を示し、痛みの質についても両装置に共通して灼熱痛というサーマルグリル錯覚に特徴的な感覚が誘起されることが明らかになりました。また、複数回の測定を平均することで測定誤差が小さくなり、健常成人において痛みは4回、不快感は3回以上の平均で高い信頼性が得られることも示されました。この成果は、サーマルグリル錯覚の計測をより簡便かつ標準化された手続きで行うための一歩になったと言えます。
本研究のポイント
- 温かい刺激と冷たい刺激を同時に触れると痛みや不快感が誘起されるサーマルグリル錯覚を2つのグラフェンで構成される携帯型機器で再現できるのかを検証した。
- 携帯型の2プローブ機器では、従来型の8プローブ装置とmoderate〜excellentの一致を示し、どちらの装置もサーマルグリル錯覚に特徴的な「灼熱痛」を誘起させた。
- 繰り返し測定を平均することで信頼性が向上し、痛みは4回、不快感は3回以上の計測の平均によって高い信頼性が得られることが確認された。
研究内容
サーマルグリル錯覚を惹起するためには、温かい刺激と冷たい刺激を同時に与える必要があります。本研究では、2つのグラフェン(間隔1.6mm)を温刺激42℃、冷刺激18℃という、通常では痛みを生じさせない温度で管理し、同一の温度条件に設定した銅棒を用いた従来型の8プローブ型装置と比較しました(図1)。実験では前腕または手関節の橈側への10秒間の刺激を10回繰り返すことでサーマルグリル錯覚をそれぞれ誘発し、1回ごとに熱さ・冷たさ・痛み・不快感を聴取しました。また、10回の終了後には痛みの性質を評価しました。

図1.2つのサーマルグリル錯覚機器
(A) 携帯型の機器であり、コンパクト(70 mm × 40 mm × 65 mm)かつ軽量(140 g)であることが特徴になります。2つのグラフェンプロー(7 mm × 15 mm)はプラスチックケースの中心に1.6mmの間隔で設置されています。 (B) 過去の研究でも用いた8プローブ型のサーマルグリル錯覚機器は8本の銅製バー(長さ20 cm、直径0.8 cm)からなり、各バーの間隔は5 mmに設定されました。4つの棒は温水槽と4つの棒は冷水槽と接続され、それぞれ水を灌流させることで温度を維持しました。
その結果、携帯型の2プローブ型機器は従来型の8プローブ型装置よりも痛みや不快感がやや低いものの、2つの機器で生じる熱さ・冷たさ・痛み・不快感には強い相関が見られ、級内相関係数(ICC)でもmoderate〜excellentの一致が確認されました。また、両装置ともサーマルグリル錯覚に特徴的な“灼熱痛”が中央値1以上の主要な感覚として共通して抽出されました(図2)。

図2.2プローブと8プローブ機器の痛み・不快感の比較(Bland-Altman plots)
さらに、携帯型機器による10回の繰り返し測定を解析した結果、単回の測定では誤差が大きいものの、複数回の平均を取ることで信頼性(ICC)が向上し、測定誤差(SEM・MDC95)が小さくなることが示されました(図3)。具体的には、痛みでは4回、不快感では3回以上の計測の平均によって高い信頼性が得られました。

図3.2プローブ機器の複数トライアル平均による信頼性
携帯型装置と従来型装置の絶対値の差は、プローブの本数や接触面積の違いによる刺激の差を反映している可能性がありますが、本研究の成果は携帯型の2プローブ型機器でも十分にサーマルグリル錯覚を誘起することができることを示しています。
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は、これまで大型・高価な装置を必要としていたサーマルグリル錯覚の計測が、手のひらサイズの携帯型装置でも一定の妥当性・信頼性を持って実施可能であることを示しました。特に、健常成人において複数回の測定を平均することで信頼性が向上することが確認された点は、今後この装置を用いた計測プロトコルを設計する上で有用な知見です。
今後は、慢性疼痛や脳卒中後疼痛などの有痛患者に対する応用や、他の神経生理学的指標との関連の整理、精神心理状態との関連性の検証などを進めていく予定です。
論文情報
Ryo Sasaki, Michihiro Osumi, Yuki Morikawa, Shu Morioka
European Journal of Pain. 2026 July 23
関連する先行研究
Osumi M, Sumitani M, Nobusako S, Sato G, Morioka S. Pain quality of thermal grill illusion is similar to that of central neuropathic pain rather than peripheral neuropathic pain. Scand J Pain. 2021 May 21;22(1):40-47.
Uragami S, Osumi M. Cortical oscillatory changes during thermal grill illusion. Neuroreport. 2023 Mar 1;34(4):205-208.
Matsuda S, Igawa Y, Uchisawa H, Iki S, Osumi M. Thermal Grill Illusion in Post-Stroke Patients: Analysis of Clinical Features and Lesion Areas. J Pain Res. 2023 Nov 14;16:3895-3904.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
研究員 佐々木遼
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp


