2026.05.01 

活躍する大学院修了生vol.7 ~ 宮崎 貴耶さん(大阪府公立小学校 教諭/教育学研究科 教育実践学専攻修士課程修了)

働きながら学べる畿央大学大学院を経て、現場で活躍する修了生をご紹介!大学院への進学を考えている方、あるいは研究に興味をお持ちの方に向けて、これまでのキャリアや大学院での経験、研究の魅力などを振り返っていただきました!

 

  • 宮崎 貴耶さん(教育学研究科 教育実践学専攻修士課程 2024年9月修了)

これまでのキャリアを教えてください!

畿央大学卒業後、現在の大阪府の公立小学校で勤務を始めました。8年目に勤務を続けながら畿央大学 大学院へ入学しました。

 

3年半(1年間は育児休暇と重なっています。)をかけて修了し、現在は、教諭として13年目の教員として勤務を続けながら、大阪府・他府県にて道徳教育及び道徳科の研修講師、指導助言者として活動を重ねています。

これまで取り組んできた研究や、今関心のある研究テーマ、研究キーワードは?

私は大学院において、島先生のもとで「哲学対話を取り入れた道徳科授業」について研究を行いました。哲学対話の実践と研究を通して、子どもたちが問いを深めながら物事の本質に迫っていく過程に大きな可能性を感じるとともに、自身の教育実践についても本質的な視点から振り返ることの重要性を実感しました。

 

現在も大学院での研究を基盤に実践を重ねており、子どもたちの本質を見つめる力を育む授業の在り方に関心をもっています。特に、道徳科の授業で育まれる資質・能力が、学校全体の道徳教育とどのように結びつき、相互に作用し合うのかという点に着目し、道徳科と道徳教育のより密接な関係性について研究を進めていきたいと考えています。

 

大学院に進学したきっかけや目的は?

私は、大学院進学以前より研修講師としてお話しする機会をいただいていました。しかし当時は、畿央大学の道徳科の学習会や外部研修で学んだ内容をもとに話を構成することが多く、自身の実践や考えに基づいて語ることには課題を感じていました。

 

そうした中で、単に知識を伝えるだけでなく、自分自身の視点や根拠に基づいた発信を行うためには、改めて学びを深め、「研究とは何か」を捉え直す必要があると考えるようになりました。これが大学院進学を決意した大きな理由です。

 

進学後は、自らの実践を理論的に捉え直す中で、自分の考えをより明確に持つことができるようになりました。現在では、外部で得た知識に依拠するだけでなく、自身の研究に基づいた見解として人前で話すことができています。自分自身の視点から語ることのできる内容を確立したいという思いが、大学院進学の根底にはありました。

 

 

大学院での時間を一言でいうと?

「さいこう〜最高・再考・再構〜」です。

 

まず、勤務しながらの大学院生活を受け入れ、その経験を「実践の場を持つ強み」として捉える大学院の理念は、私にとって「最高」の環境でした。休職せずに学んだからこそ、実践と研究を往還しながら学びを深めることができ、この経験は現在の大きな強みとなっています。

 

次に、これまでの実践や経験を理論と結び付けて見直す「再考」の時間となりました。感覚的な振り返りにとどまらず、自分の実践を言語化し、その価値や課題を明確にすることで、より質の高い実践へとつなげることができました。

 

最後に、新たな知識や視点を取り入れながら自己を更新していく「再構」の時間でもありました。これまでの自分を見つめ直し、再構築するプロセスを通して、教員としてだけでなく一人の人間としても成長できたと感じています。

 

 

今の仕事や研究に、大学院での学びはどう活きている?

大学院での学びは、現在の実務・研究・発信のすべての場面において活かされています

 

まず、教員としての実践においては、理論に基づいて授業を構想・実践することができるようになり、「自分らしい実践」を根拠をもって積み重ねることができています。

 

また、研究面では、学会への参加や文章の寄稿など、学びを外部に発信する機会にもつながっています。大学院で培った視点や方法論が、自身の実践を研究として捉え直す基盤となっています。

 

さらに、職業人としての在り方を見つめ直すとともに、これまでの実践に自信をもって向き合えるようになりました。大学院での学びは、日々の実践を支えるだけでなく、自分自身の生き方をより前向きに捉えることにもつながっていると感じています。

 

これから大学院進学を考えている方へのメッセージを!

担任をしていた子どもたちと道徳科の授業で「目標を持つことはどうして大切か」を考えた時間がありました。その際、子どもたちから「目標を持つことで自分らしく生きられる」という言葉が出てきたことが強く印象に残っています。

 

当時の私は、社会の中で求められる「大人」や「教員」という姿にとらわれ、自分の目標を明確に持てないまま日々を過ごしていました。

 

しかし大学院への進学を決意し、学びを積み重ねる中で、自分自身の目標が少しずつ明確になっていきました。

 

目標が定まることで、学びや実践に意味が生まれ、試行錯誤の一つ一つが自分を形づくる経験になっていきました。その結果、以前よりも自分らしく、納得感をもって生きられているという実感があります。

 

大学院での学びは、修了というゴールのためのものではなく、自分の在り方を問い直し続ける過程でした。もし進学を迷っているのであれば、その迷い自体が新しい学びの入口だと思います。踏み出した先には、これまで知らなかった自分に出会える時間が待っています

 

 

 

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