2026.08.03
記念講演を終えて~森岡周教授が第1回日本理学療法学会連合学術総会「臨床研究学術賞」に
2026年7月、札幌で開かれた「第1回日本理学療法学会連合学術総会」で、本学ニューロリハビリテーション研究センター長の森岡 周教授が臨床研究学術賞を受賞し、受賞記念講演を行いました。日本に理学療法士が誕生して60年、その節目に開かれた最初の学術総会での受賞であり、これまでの歴史を振り返れば、大変名誉な受賞です。
受賞の対象となったのは、「患者さんの何気ない一言」を出発点に、脳科学や心理学の手法で答えを探し続けてきた30余年の研究の積み重ねでした。以下、森岡教授にこれまでの振り返っていただきました。

「重い」という一言から、リハビリテーションの科学は始まった
「先生、この手、重いんです」脳卒中で片方の手足が麻痺した患者さんは、しばしばこう訴えます。「重い」。しかし、その腕の重さは発症前と変わっていません。では、その「重さ」はどこから来るのか。
この素朴な問いが、森岡 周教授の研究の原点でした。答えの手がかりは、脳の中にありました。私たちの脳は、身体を動かすたびに「こう動くはずだ」という予測を立て、実際に返ってきた感覚と照らし合わせています。麻痺によって身体が思うように動かないとき、脳は予測とのズレを埋めようとして指令を強めます。その「余分に力を込めた分」が、意識にのぼったものが「重さ」だった。研究はそう説明します。
感覚の問題でも、筋力の問題でもない。患者さんが感じている「重さ」は、脳が身体を推定し直そうとしている、その努力そのものだったのです。
なぜ、歩けるようになっても遅いのか
同じ視点は、臨床の見立てである病態把握を大きく変えていきます。たとえば歩行。麻痺が軽いのに歩くのが遅い患者さんがいます。従来は「麻痺のせい」と見なされてきました。しかし筋活動の同期性を解析すると、その方々は脚の筋肉を同時に緊張させ、関節を固めて歩いていることがわかりました。遅いのは障害の重さではなく、転ばないために脳が選んだ「戦略」だったのです。
見立てが変われば、支援も変わります。固さを取り除く練習が必要なのか、それとも安心して歩ける環境をつくることが先なのか。臨床の観察と神経科学の解析は、どちらか一方では足りず、往還してはじめて患者さんの像を結びます。
動きが戻ることと、暮らしが戻ること
そして研究は、さらに大きな問いへと進んでいます。
機能が戻ることと、その人の生活が戻ることは、同じではありません。
リハビリテーションの現場では、手足が動くようになっても、その人が以前のように暮らし、社会に戻っていけるとは限らない、という現実にしばしば直面します。脳卒中で治療を受けている患者さんは国内で188万人を超え(厚生労働省「令和5年患者調査」)、介護が必要になる原因としても上位を占め続けています。医療が救う命が増えるほど、「その後をどう生きるか」という課題は大きくなります。医師の仕事は命を救うことですが、理学療法士の仕事は「その人がどう生きるか」を支援することです。
森岡 周教授の研究は、1) からだの感覚、2) 「自分が動かしている」という実感、そして3)「私はこれからどう生きるのか」という人生の物語、この三つの層が、脳のなかで結び直されていく過程として回復をとらえようとしています。動きの回復を、その人の生き方の再構成として理解しようとする試みです。この視点は現在、科学技術振興機構(JST)CRESTの大規模研究費の支援を受けて、フランス・リヨン神経科学研究センター(CRNL)との国際共同プロジェクト「NARRABODY」へと発展し、日仏の研究者とともに探究が続いています。

臨床家と研究者が、同じ場所にいる
こうした研究を可能にしてきたのが、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターという場です。
ここには、教員と大学院生だけでなく、日々患者さんと向き合う臨床の理学療法士・作業療法士も集います。現場で生まれた「なぜ」がそのまま研究テーマになり、研究で得られた知見が翌週の臨床に返っていく。この距離の近さが、本センターの何よりの特徴です。学ぶ人と、支える人と、支えられる人が、同じテーブルで問いを分かち合う。奈良のこの場所から、国際的かつ社会に価値を生み出す研究が育ってきました。
森岡周教授は語ります。「制度や前例に縛られすぎることなく、面白いと思った問いにその都度向かい、人を集め、場をつくることができました。学問は一人では進みません。問いを持ち寄る人がいて、その人たちが安心して試行錯誤できる場があってはじめて、思いがけない発見が生まれます」。

60年目の学問へ
日本に理学療法士が誕生して60年。国家資格として制度が整い、担い手の数は大きく増えました。次の60年に問われるのは、その営みをどれだけ深い学問として育てられるか、そして、その学問がどれだけ人の生活に返っていくかです。
「これからも臨床と研究を往還しながら、理学療法学という学問の発展に少しでも寄与できるよう、歩みを進めてまいります」。受賞後、フランスへの帰路(現在、在外研究員としてリヨン神経科学研究センター・リヨン第1大学で客員教授として仕事)で森岡周教授はそう記しました。患者さんの一言から始まった問いは、いま国境を越えて広がり続けています。
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